Cryforthemoon


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 街はひそひそ話で溢れている。

「とっておきのワインを売ってくれないか。今日はお祝いなんでね」
 小さな酒屋の主人は、何度も頷きながら、その客に話し掛けた。
「あんたも、『例のあの人』がいなくなったお祝いかい?」
「少し違うが、似たようなものだな。記念すべき日には、やはり良い酒で乾杯すべきだろう?」
 主人の癖なのか、また何度も頷いて、主人は答えた。
「ああ、全くだ…ポッターさん達が犠牲になったという噂は本当だとしたら実に嘆かわしい事だが、だからこそ少しでもめでたい事は祝わねばならんよ…漸く『例のあの人』が消え失せたのだから。さ、白でいいかね?」
「ああ、ありがとう」
「良い一日を!」





 セブルスは机にグラスを二つ置いた。そして買ったばかりのワインをあけて、注ぐ。

 ――確かにめでたいさ、とうとう貴様がいなくなったんだからな、ポッター。

 足を組んで椅子に座り、グラスの一つを持ち上げて、乾杯のポーズを取る。

 ――乾杯!お前の為に奮発したワインだ。飲めないのは悔しいだろうが、
    せめて捧げてやろうじゃないか。どうだ、なかなかいけるだろう?

 ――全く無様なものだな、ポッター!私は知っているぞ。お前は仲間に裏
    切られたとな。お前を死に追いやったのは、かのシリウス・ブラックだ
    と言うではないか。学生時代に散々ひけらかしていたお前の『友情』
    というものの、なんと薄っぺらい事か。どうだポッター、これでもまだお
    前は仲間を信じる、大切だと断言できるのか?

 笑いがこみ上げてくる。手が震えて、グラスの中のワインが波を立たせた。

 ――これだからグリフィンドールの奴など信用ならんのだ。友情だの信頼だ
    の、言葉ばかり美しく飾り立て、偽善者面で仲間ごっこしていた挙句
    がこれだ。お前はその最も信頼していた親友に裏切られ、妻と、自分
    の命まで失った。悔しいだろう、ポッター。そして私はここでこうして美
    味い酒を飲んでいる。お前と私、どちらの人生が成功と言えるかね?
    いくら頭が良くてクィディッチの才能があったって、すべて台無しじゃな
    いか。
 
 笑いが止まらない。

 ――そうだ、いっそ私が仇を討ってやろうか?ブラックの奴は、恐らく捕ま
    えられればアズカバン行きだろうが、いつか私がその首根っこを掴
    み、お前の墓に頭を下げさせてやろうか?お前を裏切った、お前の
    親友さんにな!どうだポッター、さんざん馬鹿にしてきた私に仇を討
    ってもらう気分は?なかなか面白いとは思わないか?お前の悔しが
    る様が見たいものだ。

 手が震える。グラスを持つ指の力が抜けて、グラスが倒れる。透明のワインがテーブルを流れる。

 ――私はお前が一生私の前で私を嘲り笑うのだろうと思っていた。しかし
    まさかこんなに素晴らしい日が、こんなに早く訪れようとはな!ブラッ
    クに感謝しても良いくらいだよ。私はもう自由だ。二度とお前を思い出
    さなくて良い。体に残るお前の記憶も、心に受けた屈辱も全て、過去
    のものだ。

 唇に指を持っていく。以前付けられた噛み傷はすぐに消えた。今も残るはずは無い。なのにあの痺れるような痛みの感触は、今もまるで血を流しているかのように再現できる。

 ――もうこの傷が増える事は、万が一にも無い。

 笑いすぎて、涙が零れる。片手で両目を覆っても、どんどん零れてくる。押さえきれない。

 ――貴様等もう二度と思い出さない。貴様は死んで私は生きている。せ
    いぜい貴様の無様な死に方のみ覚えておいてやる。ざまをみろ、私
    はもうお前の物じゃない。

「……う……ぅ」
 グラスを離してしまった手が、今度はワインの瓶を倒した。音を立てて、床に転がる。栓がしっかりと閉まっていなかったのか、中身が床に流れた。自分ではないもう一人に捧げたグラスが寂しげに立っていた。
 本当は、ワインの味なんてちっともしなかった。

 ――もう二度と貴様なんて想わない。



「…ポッ……ター……!!!」


 涙が止められなくて、声を抑える事もできなかった。
 ワインに袖が濡れても気が付かなかった。
 自分がどんな顔をして泣いているかなんて。
 もう何もかもどうでも良かった。



 キスの仕方。
 愛撫への反応と、快楽。
 知識も。
 醜い嫉妬も、それより深い絶望的な憎しみも。
 人の体温の温かさも。
 友人めいた軽口も。
 人を求める事も。求めてやまない事も。

 自分の全部が、ジェームズのものだ。自分にまつわる全てに対する反応が、全部ジェームズに作られた物だ。今更何を過去にして生きていけば良いのだろう。何を過去にして生きていけば自分は楽になれるのだろう。全ての基準がジェームズなのに、あっさりと姿を消した。

 もう二度と会えない。
 もう二度と彼が自分を思い出すことすら無い。

 永遠に手が届かない。

 涙を流し続けた。


 この日だけだから。もうこの日だけだから。



 ――ポッター、お前を想って泣くなんて、もう今日が最後だ。














 セブルスは声に出して泣いた。







     ■Fin■



  



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