番外2
仕事に出たはずのジェームズが、まだ日の高い時間に突然帰ってきた。
「……なんだ。もう終わったのか?」
たまたま研究も一段落していて、リビングで本を読んでいたスネイプに、ジェームズは赤い顔でにこりと言った。
「ちょっと体調が悪くてさ。仕事の切りが良いところで、早退してきちゃった」
「珍しい事もあるものだ」
いつも元気がありあまっているように見えるジェームズの事だ。体調が悪いくらいで、スネイプはさして心配などしないが。
「……風邪か?熱でもあるのか?」
「測ってみる?」
スネイプのいるソファまで近付いて、ジェームズは、ん、と額を差し出す。
「……なんだ」
こうか?とスネイプが手をジェームズの額に持っていこうとすると、残念!とジェームズは首を振った。
「違う違う。風邪っ引きの熱を測るって言ったら、やっぱり額でしょ額!」
そう言いながら、んー、と眼前に近付けられるジェームズのアップを、思わずスネイプは叩き落としてしまった。優しい言葉(スネイプ的には)をかけてやればすぐこれだ!とスネイプは不機嫌に膨れる。
「なんだ!!昼間っから色気づい……」
「ち、違うってばセブルス、額で熱測るの知らないの…?」
頭痛のする頭を叩かれて呻くジェームズの弱弱しい言葉に、スネイプは疑いの目を向ける。
「された事ないの、セブルス?ほんとうにそんな風にするんだけど……」
「私は知らん」
あっさりと、スネイプは疑いの目を消さずに、その話題を打ち切った。くぅ。とジェームズが肩を落とす。
「で、風邪なのか」
「うん、そうみたい。うちの職場で風邪流行ってるし…」
「病院には行ったのか」
あくまでスネイプはソファに座ったまま、立ちあがろうともしない。
ジェームズは軽く笑って、言った。
「家に薬の専門家がいるのに病院なんて勿体無いでしょ。なあに、セブルス心配してくれてるの?」
「私にうつされないかが心配だな。言っておくが私は風邪薬は専門ではない。優れた薬が欲しいのならばマダムポンフリーにでも会いに行け」
行けないのを承知で言う。
「つれないなあ。セブルスの薬がいいんだよ僕は」
「戯言は良いからさっさと部屋で寝てろ」
「本当につれない…」
また本を読み出したスネイプに、肩を落としてジェームズが2階の寝室に上がった。
ジェームズは2階で、大人しく寝ているようだ。
2階から下りてくる気配もない。随分静かだ。違和感を覚えるほど。
いや、平日は、この静けさが普通なのだ。…だが、ジェームズがいるのに、この静けさ。
いくらジェームズでも、四六時中煩いわけではない。流石に大人としての落ちつきはある。静かな夜だって珍しくない。
しかし。
なんだか。
判らんが。
スネイプはチラ、チラと階段を見る。だけどもジェームズの下りてくる気配はない。
大丈夫なのだろうか。まあ大丈夫だろうが。
いつの間にか、読んでもいないのに本のページをめくっていたりして、スネイプは何度も、同じところ読み直す羽目になった。
セブルスに風邪をうつしては大変、とジェームズはいつものダブルベッドではなく、私室に置いてあるシングルベッドで眠っていた。
何度か深く眠っては、ウトウトと目を覚ます事を繰り返す。ふと、起きた時に時計を見て、思ったほど時間が流れていない事を知って、もう一度目を閉じる。頭を動かすとガンガンする。一人寝は味気ないなあ、と思いつつ、仕方ない。風邪を引いたのが自分でなくてセブルスならな…とジェームズは考える。そうしたらもうずっとベッドの側で、甲斐甲斐しく世話を焼くのに。オカユとかいう日本の病人食も作ってあげよう。リンゴもウサギさんに切ってあげよう。赤い顔をしたセブルスの潤んだ瞳が僕を見上げて、「眠るまで側にいてくれ…」なんて言われたら僕は優しく微笑みながら、ずっと手を握っててあげるに違いない。
等と当のスネイプにとっては迷惑というか「気持ちが悪い!」と嫌悪感を丸出しにするに違いない妄想をジェームズが熱でうなされながら脳内で繰り広げていると。
微かな物音が、扉の向こうから聞こえてきた。
「……?」
スネイプが来たのか、とジェームズは扉を見るが、部屋に入ってはこない。気配はするのだが、暫くするとその気配も消えてしまった。しかし暫くすると、また微かな物音が戻ってくる。扉の前に気配はするのだが、暫くすると消える。また暫くすると、物音とともに、気配。
ジェームズは優しく、笑った。
「セブルス?」
自分でも意外な程弱い声だった。寝こむと、うっかり弱々しくなってしまうものなのか。それでも、扉の前で部屋の中の様子に耳を澄ませていたスネイプには確かに聞こえた。
ばつが悪そうな顔で、スネイプがガチャと扉を開けて入ってくる。
「……起きていたか?」
小声で問われて、ジェームズの赤い顔が、へらりと笑う。
「今起きた」
「……起こしたか」
「ううん、さっきからウトウトしてただけだから。どうしたの?」
「いや……」
スネイプは所在無げに、部屋の入り口で手を組んだりキョロキョロしたり、落着かない。ジェームズは笑った。
「セブルス。寝てばかりも退屈なんだよ。なんか話しよ」
うつさないから大丈夫、とジェームズはベッドから手をおいでおいでと伸ばす。…そんな事は別にどうでも良いが、とかなんとかスネイプはぶつぶつ言いながら、ベッドの側に近づいてきた。窓際に置いてある椅子を引っ張り、そこに座る。
「……水とかは。いらないのか」
「そうだね、後でもらえると嬉しいな。ねえ、今はなんの本読んでたの?」
「今は…その、日本の……そんな事よりも、寝てなくていいのか?熱は」
スネイプは教師のような顔で、ジェームズに目を吊り上げる。
ジェームズは、いたずら好きの生徒の顔を見せて笑った。
「もう充分寝たから、今は起きて君の話を聞いてるほうがいいな。なんとなく安心するから」
「なんだそれは」
不機嫌そうに、スネイプは横を向く。…不機嫌そうだが、どこか困っているようにも見えた。
ジェームズは指を伸ばして、スネイプの頬に触れる。
「さっきから来てくれてたよね。どうしたの、僕に気を遣ってくれてた?」
う、とスネイプが真っ赤になる。ジェームズを見て、そういうわけではない、と口の中でもごもご言った。
「……2階に上がったはいいが、入ったところで、何をするわけでもないしな…と思っただけだ」
「でも来てくれたんだ」
寝こまれてると鬱陶しい、とか言われるかとジェームズは思ったのだが。
意外に、スネイプはまた困ったような顔で言葉を探して、俯いた。
「……熱の時は、わたしは水が飲みたかった」
ぽつり。と、話し出す。
「起きあがるのが辛くて、親が来てくれるのを待っていたのだが、来なかった。別に心配されていなかったわけではないと思うが」
「…だから、僕を心配して来てくれたの?」
ジェームズの、弱った優しい顔と声が、スネイプの思考を妨げずに先を促す。
「心配などしても意味がない。病気なのは私ではないのだから。言葉をかけたって薬にもならない。直すのは本人だ。だから、家の者は――邪魔にならぬよう過ごすだけだ」
とても遠まわしな気の遣い方。
きっと、そういう家庭で育ったのだろう。
だから、どうしたら良いか判らない。気になって仕方ないのに。
病気のジェームズを心配する気持ちを、どう扱えば良いのか判らなくて。
だから、扉の前を何度もウロウロした。ここに来ても、戸惑って。
何をすれば良いのか。
「でも来てくれたんだねえ。小さい頃、水が欲しかったから」
我に返ったように、スネイプは眉を上げた。
「……私の事はどうでもいい。お前の様子次第では、家事も全て私がしなければならないのだからな」
「セブルスは優しいよね。心配の言葉を口にするより、僕が治る為の事を一生懸命考えてくれてたんだ」
カアアアァ。とスネイプの顔が赤くなる。
とても悔しそうな顔で、怒鳴り出すのは図星の時だ。
「同じ家の中で寝こまれていると鬱陶しいだけだ!!」
「水が欲しいな、セブルス。お願いしていい?」
「……」
再び怒鳴る形に一瞬口を動かしたスネイプが、何やら手をにぎにぎ動かしたあと、結局無言で部屋を出て行った。きっと素直に、ジェームズの為に水を持ってきてくれるだろう。
ジェームズは思ったよりも元気だが、笑顔を作る力、声の力。そんなものが病気に押され気味なのはスネイプだって判った。
だから安易な言葉より、スネイプはできる事を探す。
水を持っていき、日本のオカユとかいう病人食を作ってやり、寒いだろうので毛布をもう一枚出してやり。
そして心細かった昔の自分を思い出し、いても何もできる事が分からなくても、とりあえず側にいた。ジェームズが起きていたい時は軽口に付き合って。
元気過ぎる男が、早く元通りになれるよう。
静かな夜の中、ジェームズが目を覚ました気配でスネイプは読んでいた本を閉じた。スネイプを見ると、ジェームズはにこりと笑う。
「熱はまだ高そうか?」
体温計を一応持ってくるか、とスネイプが立ちあがろうとすると。
「そんな簡単には下がらないよ。ほら」
ジェームズは半身を起こして、自分の額を指差した。
スネイプは、少し躊躇ってから。
コツン。と、額を合わせた。
「――ね?」
「…そうだな」
合わせたままの額から、熱い体温が伝わってくる。
抱擁のように優しい行為だと思った。
「――寝てろ。明日の朝には何か薬を作っておいてやるから」
「ありがとう」
ジェームズはもぞもぞと、また目を閉じる。
そしてそのまま、スネイプに言った。
「君がいてくれて良かった。安心していられるよ」
返事を待たずに、ジェームズは眠りこむ。安心しきった顔のようで。
かけられた言葉に目を少し丸くして赤くなったスネイプが、また照れ隠しの不貞腐れ顔で。
お互い様だと、スネイプは思った。
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