食卓の憂鬱
一緒に暮らすにあたり、家事は分担制を採用する事にした。それについて最初、難色を示したのはスネイプの方であったが、マグルの村で暮らす為にはなるべく魔法の使用を避ける事、ハウスエルフを使わないのは仕方ない話である。とすると自分達でなんとかしなくてはならない。
ジェームズは家事が嫌いではないし、できる限りやったって構わないのだが、それでは不公平であるような気がした。自分にとってではなく、何より対等の立場である事を望むスネイプにとって。
「しかし…やった事はないぞ」
「僕が教えてあげるよー。暫くはフォローするし、できる範囲で良いからさ。…それとも、僕が毎日白いフリルのエプロンつけて『セブルスー御飯できたよーそれともお風呂?』なんて新婚若奥さんみたいに君の面倒を甲斐甲斐しくみてあげた方が良い?」
「断る!」
仕方がないな、とスネイプは分担制に同意した。いや、暫くはジェームズが横にいて、教えながら一緒に行う事になる。
そして、スネイプの苦手なものが飛行術だけではない事が、間も無く判明するのだった。
「や、焼き過ぎ!!セブルス、フライパン!!火!!」
「あ、う、ぅ……」
スネイプがほとんど無言の無表情でコンロの火を消しているのは、とにかく目の前の事に必死だからである。しゅう、とコンロだけでなくフライパンの上にも立ち上った火がみるみる小さくなって、後に残ったのは黒々とした目玉焼き。
「……私はちゃんと、本に書いてあるとおりにやったつもりだ」
言い訳がましい表情で、スネイプが呟く。ジェームズは苦笑して、いいよいいよとスネイプの髪を撫でて、軽くキスをした。照れも抵抗もまったくしないあたり、フライパンに残された残骸がそれなりにショックらしい。
そもそもスネイプは何事に対しても勉強熱心であるから、やる以上は完璧を目指す(できれば夜もそれくらい熱心になってくれればとジェームズは思う)。しかも、ジェームズに対抗意識を持っているだけに、ジェームズが家事を得意とするならば、自分も負けてはいられないと思うらしい。
だからこそ、上手くいかない時は自己嫌悪も激しい。なるべくこの辺りでスネイプをおだてておかないと、後にジェームズへの逆恨みに繋がってしまう可能性がある。
「セブルスのやり方が間違ってるなんて思ってないよ。ただ、料理は…本の通り完璧にやると…難しい時があるからねえ……」
料理は多少のアバウトさが必要だ。火の強さも家によって違うから、本の通りでは時間が合わなかったりする。味付けも好みがある。
「焼き加減を見ながらやると良いよ…?ほら、急がないからさ、他の作業と一緒にやらなくてもいいから」
「しかし本には……」
「この本がいい加減なの」
ジェームズはスネイプの為にそう決めた。
「ほら、セブルスは自分の目を信じれば良いからさ。見てたら、焼けた焼けてないくらいは判るだろ?そうやって見てたら感覚で時間を覚えるよ」
「うむ……」
ひどく不本意な顔でスネイプが頷いた。これは、今日一日はブルー加減を引っ張りそうだ。夜はとびっきり優しくしてやろう。ジェームズはそう誓いながら、フライパンに残っている「元」卵の残骸を自分の皿に移し(愛の力で食べてみせる)、フライパンを軽く洗って新しい卵をスネイプに渡し、自分はサラダの準備をしながら、新たな目玉焼き作成にあたって険しい目付きのスネイプの手元に注意を走らせた。
数日そんな日を繰り返し、判明した事。
スネイプは、『アバウト』が苦手だ。慣れてくれば、その内慣れた作業に関してはアバウトになるのかもしれないが、慣れるまではまるっきりテキスト通りに行おうとする。料理などなまじ薬学研究と作業が共通することが多いので、グラムも時間もきっちりと測らねばならない気になるらしい。量に関してはきっちりでもまあ構わないのだが、けっこうこれが、時間がかかる。包丁を握らせても時間がかかる。5ミリくらいと言われれば完璧に5ミリで揃えようとする。いや別に完璧じゃなくても全然良いのに。しかも、包丁の大きさには慣れていないらしく、手つきがかなり危なっかしい。その上、本人は然程それに関して危機感を覚えていない。話しかければ平気で包丁を持った手を振り回す。
このままいつか、一人で台所を任せて大丈夫なのだろうか。
ジェームズにはそんな不安が過った。
が。
「美味しいねえ……」
よく味の染みた、温かく柔らかい肉が喉を通り、うーん、とジェームズは至福の時を味わった。美味い食事は最高の幸せの時だ。ここまでの苦労を思えば、尚更。
「ふん……」
口を動かしながら、スネイプも満足そうな顔をしている。
二人が夕食に味わっているのは、スネイプが作ったビーフシチュー。
なかなか要領が掴めず、なのに研究熱心でチャレンジ精神旺盛なスネイプが、いろいろな料理にチャレンジした末に辿り着いた、シチュー。
材料はぶつ切りで良いし、煮込み始めるまでの下ごしらえさえ失敗しなければ、後はとにかく時間をかけて煮込み続けるだけだ。薬を煮こむ事に慣れた、スネイプの得意分野だ。灰汁を取るくらいお手のものだ。
「これはもう僕よりも上手いよねー」
ジェームズには9時間も煮込み続ける気力はない。
「お前に一つくらい勝ったって、然程嬉しくない」
そう言いながらも、スネイプは結構得意げだ。努力した結果が漸く現れたのだから、満足だろう。
「お代り貰うねー」
本当に美味しいので、ジェームズも嬉しい。得意げなスネイプも可愛い。
スネイプの機嫌も良いので、尚嬉しい。
そんな夕食後、スネイプはジェームズの誘いも邪険にし、ベッドまで本を持ちこみ、読み続けた。
料理の本ばかり。
「コツが掴めてきた。明日からはまた別のものに挑戦してみよう」
「え!」
作り方を全て覚えようとするかのように、スネイプが爛々と目を輝かせて、本に魅入っている。
「いや……!僕は明日も、君の作ったシチューが食べたいな!」
せっかく料理過程もそこそこ安心できる、マトモな食事が味わえたのに。いや、それよりも、スネイプが凝り出すと、夜も構ってくれなくなる……
「もうビーフシチューの作り方はマスターした。違う料理を試したい」
「ならクリームシチューでも良いし!同じシチューでも、いろいろとアレンジを加えたりさ、独自の味付けを研究したりするの、楽しいと思うよ!?」
「んん……なるほど」
「晩御飯のシチューは、セブルスの担当だね。楽しみだなあ。今日のシチュー、本当に美味しかった……」
そうスネイプの耳元で囁き、頬に唇を寄せると、スネイプもキスに応じてくる。軽いキスを何度か繰り返し、スネイプの注意を自分に引きつけると、ジェームズはさりげなく、スネイプの手から料理の本を抜き取った。
スネイプが新しい研究を始めてしまうと、10日は相手をしてもらえない。
毎日シチューでも全然構わないから、ジェームズはとりあえずスネイプをおだてて、暫くの夜(食卓とベッド)を、幸せに過ごすのだった。
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