日曜大工
今回も満足のいく成果を得、スネイプは上機嫌で部屋の片付けを始めた。掃除などにそうマメな性格ではないが、流石に研究の後片付けくらいは綺麗にしたい。そもそも薬品がどこに零れているか知れず、放置しておくのは危険なのである。ホグワーツにいる時はハウスエルフに任せておけば良かったのだが、今はそういうわけにはいかない。マグルの世界というのは不便なものだとつくづく思う。
さて掃除。床を掃いたり拭いたりするのは好きではないので後回しにするとして。
とにかくまずは、散らかした薬品の瓶やらビーカーやらを片付ける事にする。この作業はけっこう嫌いでは無い。私室に並んだ棚のそこかしこに整然と並んだ、自分の集めたのやら研究の成果やらの薬品に囲まれているのは気分が落着く。できるだけ使い勝手の良いように、どういう種類ごとに並べれば良いかを真剣に考え抜く。何度も何度も並び替えて、数時間後に漸く満足のいく並べ方を完成させた。うむ、と頷く。
しかし――
「おいポッター。車を出して欲しいのだがな」
夜。リビングのソファで寝っ転がって本を読むジェームズにスネイプは声をかけた。声の調子は、断られる事を前提とはしていない。
本を閉じて体を起こすジェームズは首を傾げる。
「ん、いいけど。今から?なんか急に必要な物でもできた?」
「いや、今でなくていい。お前が休みの時でも暇な時でも、いつでも構わんが、できるだけ早く」
ゆっくりとソファの、ジェームズの側に近付き、ソファの背に手をかける。相手の都合を考えているようで実は自分の要求を念押ししているスネイプは、勿論ジェームズが自分の希望――むしろ命令――を聞いてくれるものと決めかかっている。そして実際ジェームズもその程度の事すら断るような狭量な男ではない。
「じゃあまあ明後日あたりでも。…で、何、珍しいね。なんの用事?」
ジェームズが微笑んで、ソファの背に乗っているスネイプの手にさり気無く自分の手を重ねて問う。実は乗り物に弱いスネイプは車があまり好きではないので、自分から進んで車に乗るというのはあまり、無い。
「家具屋に行きたい。部屋に置いてある薬品棚がもう入りきらなくなってきたのでな。死角になっているコーナー部分に置けるような物があると良いんだが」
ジェームズの手を素気無く払い除けてスネイプは答えた。
この家に来る時にアンティークショップで購入した今の薬品棚を手放す気はなく、となると邪魔にならない場所に新しく研究材料を置く場所が欲しいところだった。ジェームズの向かいに座ろうとスネイプが動くと、結局ジェームズに腕を取られて、彼の隣に座らせられた。。
「いいけどさ。それくらいだったら僕が作ろうか?」
「お前が?」
スネイプは眉を寄せたが、しかしジェームズは学生時代から器用だった。おまけに今は小さな設計関係の事務所だかなんだかに勤めていて、オーダー家具などにも携わっているらしい。詳しいこと事は聞いていないが(聞いたところでスネイプにはマグルの世界の事などピンとこないので)、マグルの中で真面目に働いているようではある。マグルの世界で生きていくにはマグルの立場も通貨も必要なのである。スネイプはまだ魔法界に関わった仕事であるが。
そんな仕事熱心なジェームズは忙しくなると暫く泊り込みになり、数日後に窶れ果てて帰ってくる事もあるが、そんな事はスネイプの知った事ではない。
「安く材料を仕入れてくるからさ。君の気に入るデザインで作ってあげるよ」
「ふうむ……」
「その代り、気に入ったら、夜はサービスしてよね…?」
「……これはそのサービスの前払いか?」
「これは、君が研究で部屋から出てこなかったから、久しぶりの分。ご褒美は、棚の出来あがり具合で判断して?」
言いながら唇を寄せ、スネイプの服に手をかけてくるジェームズに、スネイプは「…後で床の拭き掃除をしてくれるなら、考えておく」と無難にその場を保留した。
次の日、仕事から帰宅したジェームズは早速スネイプの部屋にて採寸から初め、さして何も詳しい事を考えていなかったスネイプから希望と好
みを上手く引き出し、設計図を手早く書き上げる、というまでを夜の間に済ませてしまった。さらに次の日は仕事も休みだという事で、朝から一人で車で出かけ、棚を作るための材料などを揃えてきた。流石にその日だけでは揃いきらず、時間も無いので仕上げるというわけにはいかなかったが、翌日の休みもまた作業の続きに入るのだった。
「できあがるのは来週の休みになっちゃうけどさー、ちゃんとセブルスが満足のいく物作るから待っててねー」
バンダナのようにタオルを巻き、白いシャツを肩まで捲り上げて、ジェームズは鼻歌を歌いながら、庭で楽しそうに、板に印をつけていたりする。スネイプは手伝うこともする事も無くて、紅茶などを飲みながら、それをぼんやりと見つめている。とかくジェームズは楽しそうだ。何がそんなに楽しいのだろうか。
「ん?何?」
笑顔のジェームズに振り返られ、スネイプはいやいやなんでもない、と首を振った。
まさか、なんだか自分の頼んだ事でジェームズに楽しそうにされると、なんだか妙に腹が立つ。
とは、流石に頼み事をしている内は言いにくかった。学生時代なら間違いなく口にしただろうが。
私も成鳥したかもな、とスネイプが間違った自己分析に肯くのも知らず、ジェームズは鼻歌を続けている。
それからまた1週間後。
「さあて完成ー!どうですかお客様?」
組み立て式の棚を、ピッタリとスネイプの部屋のデッドスペースに収めて完成させたジェームズは、得意げに両手を広げてお披露目した。
「使ってみて使ってみて」
肩を叩かれずとも、ほう…とスネイプはその棚に自分から進み寄った。確かにこれは大変自分好みで、しかも実用性はかなり高そうだ。瓶が倒れにくいように工夫もされているし、これならば使用頻度の高い物を優先してここに置いても良さそうだ。触った感じ、ささくれも無く、木の質も良い。
「これは…なかなか使えるな」
呟きながらスネイプはいくつかの瓶を元々ある棚から取り出して、並び替えてみたりする。うん、見栄えも良い。落着きもあって悪くない。まるで良い品揃えの家具屋に並んでいてもおかしくないような、想像以上の出来だ。ジェームズの腕がここまで良いとは予想外だった。自分から作る等と言い出すだけの事はある。日頃の、未だに捨てられないライバル心も忘れて、スネイプは素直に感心した。とにかくこの棚が気に入ったらしい。
上機嫌そうなスネイプに、ジェームズがニコニコと後ろから腕を伸ばして抱き付いてきた。
「どう、セブルス。気に入ってくれた?僕頑張ったでしょ?」
ジェームズの言葉は、ご褒美への期待まんまんだ。
あまりの、目の前の棚の気に入りように、密かに我知らず興奮していたスネイプは。
実に、無邪気に、素直に、答えた。
「ああ、お前がいて、『初めて』良かったと思えたな」
…別にスネイプは、その言葉に、特に何か含ませたわけでもないが。
強調したわけでもないのだが。
本当に、素直に褒めたつもりであったのだが。
初めてかよ!
と、ジェームズが突っ込むことも出来ず、砂のようにさらさらと崩れていく事にも気付かず。
スネイプはわくわくどきどきいそいそと、元の棚から新しい棚へと、薬品の入った瓶類の引越しを始めたのだった。
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