嵐の夜



 目的が目的だから、いつも電気をつけるわけにはいかず、部屋は夜の放つ暗い色に頼るしかなかった。いい加減慣れはしたものの、一人で待たされているのは気が滅入る。ましてや窓の外は酷い嵐だった。強い風の力を借りて窓を激しく叩く雨の音は、バババとまるで連射式の銃のようだ。
 光の魔法の応用で手元だけを明るくはしているものの、読んでいるはずの本の内容はまったく頭に入っていなかった。暗い部屋の隅に置かれてある椅子に座って、セブルスは苛々と、何度も足を組み替えた。
 ジェームズが約束に遅れるのは、決して珍しい事ではなかった。
 約束というには、あまりにもジェームズからの一方的な呼びつけである。何度も強引に肌を合わせられて、挙句命令の様に次の約束を決められると、逆らう事も無視する事もできずにこの部屋に来てしまう。

 雨の音が馬鹿みたいに大きく響く。

 気休め程度にセブルスは耳を抑える。が、それくらいで遠ざかる雨音ではなかった。魔法を消せば僅かな灯りも消え、読めなくなる本を閉じた。
 力の限りで抵抗をしても、ジェームズに敵った事は無かった。最悪に嫌いな人間に、こんな事でも優越を与えてしまう。初めて関係を持たされてから暫くは、恐怖で声も出なかった。同性の、力強い手が自分の肌を優しく滑る感触への嫌悪。ジェームズの僅かな指の動きだけで、痺れた様に抵抗を封じ込められてしまう。意に反して、ジェームズを受けとめてしまう身体。
 セブルスは、はぁ、と大きく息をついて目を閉じ、片手を口に当てた。膝に置いていた本が、床にバサリと落ちた。
 嫌悪は未だ存在する。しかしその嫌悪は、今は行為そのものよりも、自分に対してだった。吐き気がする。椅子に座ったまま上半身を倒し、緩々と口から手を外す。そして今度は両手で顔を覆った。
 雨音は背後から覆い被さる様に襲う。

 セブルスを、物みたいに扱ったジェームズ。
 打ちひしがれるセブルスを笑った。「悔しい?」と当たり前の事を聞いて。
 悔しく無い日なんて無い。あれからずっと、ジェームズの所有物だ。 
 抵抗もできずに思うままに喘がされてイかされて。
 涙の一つも彼の思い通りだ。

 激しい雨は窓を叩き、風の吹きつける窓はガタガタと激しく音を立てた。
 ジェームズはまだ来ない。
 暗い部屋で、セブルスはじっと一人で待っている。

 吐き気がする。
 この先ジェームズが来たら、またいつものように抱かれるだけだ。
 一人でいる時でさえ、彼の感覚を忘れた事はない。
 喘がされて、泣かされて。


 時々、優しい。


 背後から襲う音。セブルスは強く耳を抑える。
 誰の事も頼らず、他人と心を許す事も無く、そして多少揺さぶられたくらいでは倒れない様強く。そう生きてきた。

 ジェームズに会うまで。

 憎しみで心を奪われて、力と恐怖で身体を奪われて。
 思い出した様に、優しく接してくる。
 この異常な関係を気にも留めず、まるで普通の友のように――そう、彼が彼と同じグリフィンドールの友に接する様に――軽口を叩き、笑い、気紛れに、ただの愛情のようなキスをする。
 さんざ嬲られた合間に与えられる優しさは、安堵を感じさせてしまう。
 優しさに、すがりつきたくなってしまう。
 まるで彼が、自分を大切にしてくれているかのように感じて。
 愚かだ。異常な状況が、そんな錯覚を覚えさせるだけだ。


 なのに。
 なのに必ず約束の時間よりも早く来て。


 心細く。
 ジェームズを待っている。
 吐き気がするのは、胸の痛みのせいだ。


 たえられないくらい、ジェームズを想って痛む胸のせいだ。



「うるさい」
 窓を叩く雨の音。
 雨だけではあき足らず、窓をガタガタ揺らす風。
 背後から、セブルスをあざ笑っている。
 今日もここでジェームズを待ってる。
 気紛れな優しさを期待して、触れられるのを待ってる。

 笑ってる。
 責めてる。
 誇り高かったはずの私が、私を責めてる。
 スリザリンの誇りが。
 寮の連中は私を笑うか。私を蔑むか。教師は。サラザール・スリザリンは。
 両親は。個人としての誇りは。

「うるさい。うるさい」
 大きな音が、セブルス一人の暗い部屋を満たす。
 嵐が激しさを増している。
 狂った様に、窓を叩く。
 叫ぶように、窓を揺らす。
 耳をどれだけ抑えても、休まず聞こえる。だんだんと、自分の頭の中で繰り返される。身体中に嵐が吹き荒れて、激しい音で笑う。責め立てる。
 潰される。一人で待っていたら。

 弾かれた様に顔を上げると目に入る、孤独な部屋。
 そのまま、自分に襲いかかる嵐に目を流す。
 虚ろに、ボロボロになった表情で。
 自分を、哀れんでしまうほどの気持ちで。

 立ち上がって、腕を、振り上げ。



「―――うるさぁいっ!!!!!」



 窓に叩きつける。



 
 ※※※




 待ち合わせの時間に随分遅れて部屋に着いた時、何があったか、咄嗟には分からなかった。一部が割れた窓、そこから吹きつけている雨風。その窓の側に、呆然とした風情でペタンと床に座りこんでいるセブルスがいた。
「――セブルス!」
 扉を開けて一瞬絶句し、傘と透明マントを投げ捨て、慌ててセブルスに駆け寄った。この嵐で、木の枝か何かが窓にぶつかり、割れたのかと思った。しかしそのような形跡は見当たらない。セブルスの側に跪くと、割れた窓から吹きつける雨にジェームズもさらされた。
「セブルス、大丈夫?怪我は?」
 両手でセブルスの肩を抱くと、吹きつける雨に随分と湿っていた。冷え切った身体を引寄せる様に、セブルスを窓から遠ざける。そして雨の入りこまないところで、再びセブルスを見つめる。セブルスは暫くなんの反応も示さない様だったが、やがて、は、と漏らした小さなため息は、微かに笑みを浮かべたように見えた。冷え切った体。セブルスの黒い髪から、ポタポタと落ちた雨の雫が、床とローブに染みを作る。ジェームズは手でセブルスの顔を拭った。
「怪我は無いの?セブルス」
 片手を頬に添え、もう片方の手で、セブルスの濡れた髪をかきあげた。ぼんやりとしていた表情が、やがてひどく愁いた瞳でゆっくりとジェームズを見つめ返した。一瞬ジェームズも動きを止めるが、セブルスの状態を確認する方が先だった。
 チラリと割れた窓に目をやると、窓を壊した何かどころか、窓ガラスの欠片すらほとんど見当たらない事に気付く。では内側から。目を開いてセブルスを見つめると、セブルスは何も言わずに力無く俯いた。前髪を伝って、雫がまた落ちる。この部屋には、うっかり窓を壊すようなものは窓際には置いていない。セブルスがいつも持っている本は、床で雨にさらされていた。ダラリと床に落ちた、セブルスの手に目をやる。そこはローブで隠れていたが、ローブにキラリと、粉ほどに微かな光が見える。
「――セブルス。濡れたローブを脱いで。風邪を引くよ。とりあえずは、僕のを着て」
 ローブ越しに窓を叩き割ったのか。とりあえずひどい怪我はしていなさそうな様子に息をつく。
 ジェームズは自分のローブを脱いで、俯いたままのセブルスにもう一度声をかけた。
「セブルス。君のローブ、脱がせるよ」
 そう言って、ひどく濡れたローブに手をかける。すると、低い笑い声とともに、セブルスの身体が少し揺れた。ジェームズが手を止めると、掠れた声が、聞こえた。
「……脱がせて、すぐに着せるのか?なんにもしないで?」
 喉を抑えられたかのように、ジェームズは一瞬声を失う。ゆっくりと、セブルスが顔を上げた。泣きそうな顔で、笑ってる。
「関係ないだろ?どうせ全部脱ぐんだから。その為に呼び出してるんだろう。さっさとやればいい。いつもみたいに、強引に」
「セブルス――」
「気紛れに」
 まったく力の無い手で、ジェームズの手を払う。



「気紛れに、優しくなんてするなぁっ……」
 

 笑ってるみたいに、泣いてる。


 
 何があったかなんて聞かない。表面的な優しさだけ。
 せめてどうしたんだと言ってくれれば、今なら訴えられるかもしれないのに。
 この胸の痛みを。
 苦しくてたまらない事を。
 冷え切った身体を。

 お前が私の心に、勝手に入ってくるから、こんなに辛いんだと。
 それでもお前を恋しくて、仕方ないんだと。 



 ひく、としゃくりあげた顔は、睨む様にすがる様にジェームズを見つめている。雨に濡れていた顔は、今度は涙でまた濡れる。潤んだ瞳が、せいいっぱいジェームズを責める。
 ジェームズは。

「――」

 グイ、とセブルスの腕を引っ張って立ち上がった。強引にセブルスを連れ、割れた窓に向かう。セブルスの片手を決して離さないように強く掴んだまま、ガタリと、窓を完全に開けた。まったく勢いの衰えていない豪雨が、更に激しく部屋の内側へと流れ、ジェームズとセブルスに襲いかかった。そしてジェームズはさらに強くセブルスを引き、一瞬にして抱き寄せる。窓枠に腰掛けるようにして、そして荒れ狂う嵐の中で強く唇を重ねた。
「――」
 うぅ、とくぐもった声をセブルスが出した気がするが、嵐の音で何も聞こえなかった。ジェームズはしっかりとセブルスを抱きしめ、不安定な姿勢で、抱え込むように強く唇を離さない。真横から吹きつけるような大きな雨粒が痛いくらいに全身を襲う。セブルスはただ力の抜け切った身体をジェームズに掴まれ、キスを受けるだけだった。
 激しい雨が身体を痛めつける。
 激しい風は聴覚を奪う。
 冷たいキス。冷たい抱擁。嵐に襲われたまま、二人はずっとそのままキスをした。



 結局何も言わないジェームズの腕の中で、セブルスはぼんやりと思う。
 何も知らないくせに、何も分かってないくせに、やっぱり気紛れで優しい。
 冷たい、突き放したままの天敵でいてくれれば、恋しく想う事も無かったのに。
 なのに、まるでセブルスのこの胸の痛みが分かってるみたいに振舞う。
 今もこう。あれだけ自分を笑い、蔑んだ雨も風も、ジェームズが一緒に被っている。まるで守る様に被ってる。それとも、ともに痛みを受けるのか。



 勘違いさせないでくれ。
 期待してしまう。溺れてしまう。
 そして、結局一人で立ち向かう事もできず、ジェームズに頼るしかない事を痛感してしまうから。





 冷たい嵐の夜の中、ジェームズとセブルスはそんな風にやり過ごす。
 心の痛みに、口に出しては触れないで。
 彼が何を考えてるかなんて、想像にしかならないけれども。
 触れている身体を、つい都合の良いように考えたくなってしまうけれども。





 嵐の夜を、もう一人で歩く事はできなかった。



030509





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