ふれていたい
静かな灯りの部屋でスネイプが机に向かっている、そんな横顔を見ているのは好きだ。不思議といつまで見てても飽きないのだが、そんなハリーの気持ちなど気にもかけず、スネイプは「そろそろ帰れ。」といつもあっさりと言ってのけるのだった。 「……まだ門限じゃ無いです」 拗ねたように言っても、スネイプはこちらを向く事もなく、 「もうすぐ門限だ」 と返してきた。ぶー、とハリーは唸り声を上げる。 「少しくらい、見逃してくれたって良いのに。」 「教師は生徒に規則を守らせるものだ。グリフィンドールに減点を増やされたいのか?」 「意地悪……」 「何?」 「いーえ別にっ」 ハリーは頬を膨らませて、スネイプに背を向けるように座り直した。スネイプはそれを横目でチラリと見、それ以上何も言わずにまた目の前の書物に専念した。 椅子の上で足をブラブラと動かしたハリーだが、なかなか立ち上がる気にはならず、スネイプもそれ以上何も言わないので、無言のまま、またしばらく時が過ぎた。 背にスネイプがペンを走らせる音を聞きながら、ハリーは俯いて、ポツリと呟く。 「もっと、一緒に、いたいのに……」 ペンの音が止む。ハリーはぼそぼそと続けた。 「学校じゃろくに話もしてくれないし。放課後だって休みの日だって、友達とも遊ぶし宿題もあるし、クィディッチの練習もあるから、なかなか時間取れないし。だから、こうして先生の研究室に来れる事だって、すごく少ないのに」 「――ポッター」 「確かに、僕が勝手に先生を好きになったんだけど……」 厳しいと思っていたスネイプの瞳。だけど彼はハリーを守ってくれたし、ハリーをまっすぐ見つめてくれた。そんな彼の心の中には結局ハリーの父・ジェームズがいたのだけど。ハリーは父ではなく、自分自身を見て欲しくて、いつのまにか心が彼でいっぱいになってしまった。 例え父を重ねられていたとしても、人を守れる心がある事を知ってる。 この人の優しさを知ってる。 「ポッター。いいかげんにしろ」 そう言いながら、しかし困った顔でスネイプは立ち上がった。ハリーの側に来て、大きな手を優しくハリーの頭に置いた。ハリーが視線を上げる。 「……ルールを守るのは当然の事だ。教師が率先して破らせる訳にはいかない。ましてやお前は今、本当の意味で保護者と言える人物が側にいないだろう。であれば尚更、教師である我々がお前を正しい道に導いてやらないといけないだろう?」 「僕は別に先生に保護者になってもらいたいわけじゃない……」 「ポッター」 スネイプが溜息をつく。ハリーも、溜息をついた。 「……分かってる。ごめんなさい先生」 勝手に自分が押しかけているのだ。スネイプだって迷惑だろう。彼は彼なりに、ハリーを受け入れてくれるようにはなったが――そう、やっとキスまでしてくれるようになった。 ハリーが拗ねたり落ち込んだりしながら、それでも必死で気持ちを押し殺そうとしている様子に、スネイプは肯いた。そして少し考えてから、頭に当てていた手を頬に移して身を屈め、優しくそっと口付けた。 「良い子だ。送らなくて大丈夫だな?」 スネイプの声に、ハリーは無言で肯く。そして、座ったまま、前に立つスネイプに抱きついた。スネイプが、宥めるようにポンポンと背中を叩く。 子供扱いされてるなあ、と思う。 「……ここに泊まったらダメですか?」 そう言うと、スネイプは決まって苦笑する。 「ダメだ」 「ケチ……」 スネイプの側にいたい。彼に触れていたい。もっと触れて欲しい。 年齢的にその手の関心が高まっているせいもあるだろうが、ハリーはスネイプに少しでも近付けるならなんでも全然構わなかった。まだキスもして貰えなかった頃、それでもハリーの想いを受け入れてくれるようになった頃、ハリーは思い切って言った。彼のローブを掴み足元を見つめながら、 「せ、先生にだったら…僕は、べ、別に、その……だっ、抱かれ、たって……」 真っ赤な顔で、どもりながら。 それはもうそれこそ死ぬ気で言ったのに、数秒の沈黙の後、聞こえたのは。 スネイプの、派手に吹き出す声だった。 いくらなんでも、「先生の本当に笑った顔、初めて見ました」等と、にこやかにはとても言える気分では無く。暫く笑いを堪えて苦しそうなスネイプの横で、ハリーは帰るまで膨れっ面で通した。クックッ、と噛み殺された笑い声の合間にすまん等と言われたって、全然害された機嫌が直る筈も無い。 必死の思いで言ったのに!こっちは真剣だったのに!! ともすれば泣き出しそうなハリーが寮に戻ろうとした時、その日初めてスネイプはハリーにキスしてくれた。 それ以来、彼はハリーが拗ねた時や寂しい時に、時々キスをしてくれるようになった。 どうにも、恋愛では無く、子供の扱いと同じだ。ハリーはそれが不満だ。スネイプ相手にそこまでして貰えるようになったのなら、それだけで十分贅沢だとは思うのだが。 贅沢でも、見てもらえるなら見て欲しい。 触れてもらえるなら触れて欲しい。 彼に欲してもらえるなら、僕はなんだってするのに。 スネイプにそろそろ引き剥がされながら、いつになったら彼が自分に触れたくなってもらえるのだろうかと思う。ハリーの気持ちに関係無くキスをしてもらえるのか。キスがしたいと思ってもらえるのか。ハリーが欲しいと思ってもらえるのか。 「大事にされ過ぎるのもなんだかなぁ……」 「?何か言ったか?」 「いえ、別に」 抱きついていた腕を外されて、ハリーはもう一度目を閉じてキスをねだる。溜息をついただろうスネイプの手がハリーの頬に触れて、優しくキスが降りてきた。 離れていく唇が惜しくて、うっすらと瞳を開いてスネイプを見つめたハリーは、片手を上げて、頬に添えられていたスネイプの手に重ねた。 「私の空いている時間なら、そして門限までなら、いつでも来れば良い……」 優しくて良く通る声。 温かくて大きな手。 愛しい。 ふと思いついて、ハリーはその手を掴んだ。そして、自分の顔の前に持っていく。スネイプは訝しげに見つめながら、ハリーの好きなようにさせてくれている。 ハリーは目を閉じて、そのスネイプの指先にそっと――キスした。 軽く触れて、少しだけ咥えて。 愛しい彼の指先に深くキスして、少しだけ舌を這わせた。 愛しい彼の手。 人差し指と、中指に、深くキス。 キスから離して、片目でそっとハリーはスネイプの様子を伺う――伺う、と。 スリザリン以外のほぼ全生徒から恐れられている鬼教師は――硬直して。 みるみる、顔を。 真っ赤に、変化させた。 「……ポッ、ポッ……何…………」 言葉にならない彼を見つめて。 吹き出したのは、今度はハリー。 「――帰ります!先生、おやすみなさい!!」 スネイプの手の平にもう一度キスして、ハリーは勢い良く立ち上がった。硬直している教師に礼をして、門限に遅刻し無いように急いで帰る事にする。 扉を閉める瞬間まで、彼は硬直しっぱなしだった。 彼に触れたい。触れて欲しい。 触れたい、と、思ってね。 自分ばかりが一喜一憂していたのでは、いつまでたっても大人の彼に追いつけない。ならば、彼の目をこちらに向ける努力をしよう。 触れていくから、触れてきて。 脈は十分アリ。そう踏んで、ハリーは笑みが浮かんでくる顔をそのまま、幸せに寮に向かって走っていった。 自分自身の胸のドキドキを、こんなにも幸せに感じながら。 彼にあんな顔をさせた、今日の自分に大満足して。 020819 |