それは1993年のことです。競馬を始めて約1年経ったある日、”週間競馬ブック”をパラパラとめく
っている中である広告が目に入りました。
それが一口馬主に関する広告(・・・確か”ラフィアンであったと思う)で、”へぇ〜、このくらい
の金額で自分でも馬が買えるんだ”・・・とそこで始めて”一口馬主”に興味を持ったのです。
しかし、買い物としては決して安くはない、半ば冒険する気持ちで、ラフィアンとユーワからパンフ
レットを取り寄せてみたのです。(届いた無料パンフレットも立派なものであり,それにも驚いた。)
勿論、当時、馬の写真を見ても見方など分かるわけもなく、血統もなんだか分からない、悩んだ挙句、
ユーワHCのジェイドロバリー産駒を一口申し込んだのです。
これが私の”一口馬主”へのスタートです。
それからは、毎週、毎月の情報を細かくチェックし、また、馬の血統はどうだとか、入厩する厩舎は
どんな厩舎だとか、同じクラブの馬はどうだとか、気が付けば、今まで馬券とは違う部分で"競馬"を楽
しむようになっていたのです。競馬場に行っても、あの場所で来年は自分の”馬”(正確にはクラブ所
有だが)が走る・・・、と夢を見ていたのでした。まさに、”私の夢がターフを走る(by杉本氏)”
を実現しているのである・・・と。
そして長かった1年半が過ぎ、馬主になった者ならではの”バカ馬主気分”でデビューを迎えるので
した。
ユーワシャンテはなかなか勝ち上がれないまでも、そこそこ走ってくれました。
(デビュー戦から馬券を馬鹿みたいに買って赤字をより大きくしてました・・・。)
しばらくして訪れるのが、馬主にとって一番辛い時期、”休養期間”です。
当然、休養させなければならないのですが、これが非常に長く感じる、馬券だけの競馬は、もはやつま
らないのです。一頭だと足りないなぁ、とこの時漠然と思ったのでした。
そんなこんなで、馬主になって2年経ち、また募集期がやってきました。
1年目はまだデビューしていないので見送ったのですが、今年は追加出資しようと決めていました。
・・・が、ユーワHCは当時の方針で少数精鋭に転換していったのです。募集馬は6頭・・・。
私は”たくさんの馬から選びたい”という希望が強く、別のクラブを選ぶ事にしました。
勿論、ラフィアンも候補でしたが、価格も安く(1/500口)、募集馬の数も多い、そして当時お気に
入りだった”ベルグネーヴィ”という馬の血統から、ポリッシュネイビー産駒が欲しかった事もあり、
シルクHCを次のクラブとして選んだのでした。
ユーワシャンテから始まり、今年申し込んだ馬が14頭目。
今では生活の一部と化してしまった馬主生活も10年になろうとしています。
'02.08.18 鈴鹿