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論文調の表題 になっていますが、科学的根拠は希薄で、いわば独断と偏見に基づいたもので学術的な意義などはありません。まあ気楽にご一読願えれば幸 いです。
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第一章 春の渡りの謎に関
する一考察
春に日本各地に渡ってくるサシバは、 ペアーを組んで、繁殖を終え秋にまた越冬地に帰って行きます。一番が平均1羽の子を産んで秋に帰るとすれば、単純に言って、春の1.5倍の数のサシバが秋には渡って行くという計算になります。2羽の子供が育つケースもあるでしょうが、 逆に繁殖に失敗する番もあるでしょうし、それ以前にペアリングが成立しないサシバもありうるでしょう。長旅の途中で落鳥する個体もかなりいるようです。
1.5倍というのは、一つの仮定です が、実際はどうなのでしょうか?少なくとも1.5倍以上ということははないだ ろうと思われます。例年鎌倉で秋に観察されるサシバの数が1500羽(この数字もあくまでも仮定です。矢倉岳では2000年に3000羽、その後は数が 減って1500羽から2000羽程度が観察されています。しかし観察者の主力は週末ウォッチャーで、カウントされる数は週末の天候などに大幅に影響されて おり、正確な数字は中々つかみにくいのが実情のようです。実際に渡っている数はカウントされた数字よりはかなり多いことは確かでしょう。鎌倉でも状況は同 じだと思われます。)とすれば、春には少なくとも1000羽が観察されて然るべきです。1500羽に較べると1000羽は勿論少ないですが、それでも秋の 3分の2の数が見られるのであれば、もっともっと観察者の数も増える筈だと私は考えます。ところが現実は春のサシバを観察する人は殆どいないのが実状で す。理由は色々あるのでしょうが、一番の理由はやはり春は秋ほどにはサシバを見ることができないからだと思います。重症のタカ熱患者を自認する私ですら、 もし健康で自由に動き回れるなら、春はサシバを観察するより他にもっとやりたいことが、たくさんあります。少なくとも笛田公園でサシバを見ようなどという 発想は、到底生まれてこないはずなのです。
ではなぜ1000羽は当然に渡っていると仮定されるサシバが、現実にはあまり見られない のでしょうか?春のサシバは秋のように、集団で上昇気流を利用してタカ柱を作りながら移動していくということは殆どありません。春にタカ柱が全く見られな いかといえば、必ずしもそうとは言えないと思います。私は過去に十国峠で、春にタカ柱を見た記憶があります。高尾山でもタカ柱が見られたという報告もあり ます。ただその数は10羽前後が最大で、秋のように100羽を越えるような壮大な光景ではありません。
春はサシバは殆どが比較的低空をパタパタと羽ばたきながら渡っていきます。ただだからと いって観察がしにくいということはないと思います。
それでは、サシバは春には越冬地からずっとパタパタと羽ばたきながら、渡ってくるので しょうか?はっきりとした根拠があるわけではありませんが、私はそうではないと考えます。こうした飛び方はものすごくエネルギーを消費しますし、かりに全 行程をこのように飛んできたとすれば、繁殖期を前にして疲労困憊してとても繁殖どころではないように思えます。ではどのように渡ってくるのでしょうか?私 は、春のサシバは、偏西風を利用して超高空を飛んでくるのではないかと考えています。ただ偏西風は一定の方向に流れており、必ずしも目的地の傍まで、いけ るとは限りません。まあ高速道路でいえば最寄のICでおりてから目的地までの間は、一般道路を利用することになるようなものです。この一般 道路を通行するところだけが、春の渡りとして観察されているため、ごく少数のサシバが低空をパタパタと飛行していくのが、目撃されるのではないでしょう か?
私は一時春に観察されるサシバの数が秋に較べて、相対的に少ない理由の一つが春の 早い時期でのサシバの渡りを見落としていることによるのではないかと考えたことがあります。多くの人に春のサシバの初認について尋ねても、3月下旬から4月に入ってからではという あいまいな回答しかかえってきません。そして3月20日以前にサシバが渡っているということは想定外であり、観察したこともないという人が大半なのです。観察したけれども発見できなかったということと、観察など想定外であったということとで は大きな違いがあります。ここに盲点があるのではないかと考えたことがあります。しかしそれは、恐らく間違いであろうと最近では思っております。それは、繁殖地における食料事情によるものです。サシバはあまり早く渡りすぎると生きて いけないのではないでしょうか?暦の上では3月6日ごろの啓蟄を過ぎると、土 中に潜んでいた虫などが、一斉にそとに這い出してくると言われていますが、現実にこの時期には、房総半島など一部の地域を除くと、サシバの餌になる生き物 が十分に確保できるとは、考えにくい面があります。鎌倉を通過するサシバは東 北地方に向かうサシバだと考えられますので、そのようなリスクをおかしてまで、早い時期に渡っていく必然性はないと考えられます。したがって、3月の早い時期に渡っていくサシバは多少はあるとしてもその数はそれほど多くはないと考えるべきではな いでしょうか?人間だと、理屈どうり 行動しない個性派が結構いるようですが、自然の摂理というものはある意味では極めて合理的なものなのでしょう。
皆さんはどのようにお考えですか?
科学の目覚しい発達により、あまり遠くない将来に、タカの渡りの実態は容易に解明される ことになるでしょう。現に一部の鳥に発信機を付けて、その移動ルートを解明する試みが始まっています。また人工衛星を使って渡り鳥の移動を追跡する試みも 行なわれているそうです。でも発信機など付けなくとも、精密なレーダー等で居ながらにして、サシバの移動の一部始終を把握できる時代が遠からずやって来る でしょう。サシバの渡りの謎については解明して欲しくもあり、欲しくはなしといった複雑な心境です。サシバの渡りにはロマンがあります。ハシボソガラス大 の小さなタカが群れを作り、上昇気流を巧みに利用しながら膨大な距離を渡っていく光景は実に感動的です。
いい年をして、もう少し社会に貢献す るようなことができなにのかなどと言う声も聞こえてきますが、健康が許す限りサシバ観察は続けていきたいものです。たかがサシバ、されどサシバですね。
2003 年11月(2006年3月修正)
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第二章 秋の渡りのルートに関する疑問点について秋のサシバの渡りにも解 明すべき疑問点が、まだ沢山あります。私は元気な頃はこうした疑問点を少しで も解明しようと、過去に10年以上、週末はバイクであちこちかけめぐってきました。鎌倉周辺は週末は車が渋滞して身動きが出来ないことが多いのですが、そ の点バイクだと渋滞とは無縁ですし、燃費もリッター35kmは走ります。伊豆 下田や甲府なども楽に日帰りができました。場当たり的な観察だったので、これといった成果はありませんでしたが、次から次へと新たな疑問が湧いてきて、結 構楽しみでした。サシバの渡りのピークは意外に短く、矢倉岳に一回、大野山へ一回、箱根(大観山)に一回、湘南平へ一回行くのがやっとでした。十国峠は、 もう少しピークに近いタイミングで一度観察して見たかったのですが、例年10月10日の体育の日になってしまいました。 私が初めてサシバに関心 をもったのは今から15年以上前ですが、当時インターネットはまだ全く普及しておらず、パソコン通信といわれるものが全盛期だった頃です。当時は二フ ティーやPC-VANなどというプロバイダーが独自に野鳥フォーラムを開いていました。野鳥のフォーラムは加入者も多く、内容もかなり充実していました。 当時からサシバの渡りに関心をもつ人も少なくなく、興味深い情報を多く得ることができました。こうした情報がきっかけで私は特に、今一般に認識されている サシバの主要な渡りのルートより、南側にもなんらかのサシバの渡るルートがあって、かなりの数のサシバが渡っているのではないかと思うようになりました。 根拠はないのですが、房総半島の南端や伊豆半島の南端で複数のサシバが目撃されていることは確かです。、私は城ヶ島の近くで長年釣をしてきました。そして 片手間ではありますが、サシバの渡の頃は双眼鏡で空を見てきました。でもサシバを発見したことはありません。不確かな記録かもしれませんが、三浦半島の先 端ではサシバはあまり飛ばないようです。南房総のサシバが武山に向かうとは考えにくいことや、下田のサシバがとこから来たのかを考えると南房総ー伊豆大 島ー伊豆下田を結ぶ線が浮かんできました。 当時伊豆大島でサシバを 観察された記録があるのかを、野鳥の会の幹事さんに確かめたところ、不明であるとのことでした。即ち当時はまだサシバの渡りに関心を持つ人が少なく、伊豆 大島で渡りを観察した記録がないとのことだったのです。それなら自分の目で確かめてやろうと思ったのがそもそもの初まりだったのかもしれません。それまで に伊豆大島には磯釣り等で何度か行っていましたし、熱海を朝9時にでる東海汽船にのれば、伊豆大島だけではなく、熱海大島間でサシバの渡りが洋上から観察 できます。当時私は船会社に勤務していました。勿論船が好きで、船会社に入ったぐらいですから、若い頃は船が苦手ということはありませんでした。それがな ぜか年とともに船に酔うようになり、波のなさそうな日を選んでなんどか熱海港までは行ったのですが、結局この試みは未だに実現していません。 その後伊豆 大島でサシバ観察をされた人がいるのかどうかわかりません。北風の強い日、武山でかなりのサシバが観察された場合、鎌倉では当然海上ルートを辿るはずで す。実際にも概ね、こうした傾向は解明されているようです。でもどうしても説明がつかないケースもまれにあります。すなわちサシバが武山と鎌倉の間で消え てしまうのです。北風が強いのに内陸ルートを辿るとは考えにくいので、私は現在海上ルートと呼ばれているルートのはるか沖にもう一つのルートがあるように 思えてしかたがありません。そのルートは限りなく伊豆大島に近いのではないでしょうか?披露山公園で観察していると伊豆大島も伊豆下田も思いのほか近く見 えることがあります。 長年にわたるKJGメン バーによる観察データの蓄積、それに武山をはじめ各地に点在する観察ポイントとの無線によるデータ交信により、鎌倉を通過するサシバの大半は千葉県から東 京湾を横切って武山付近に上陸し、その後、峰山や逗子の大崎公園などを経由鎌倉の上空に達することがわかってきました。鎌倉では稲村ヶ崎や江ノ島の上空を 通過する海上ルートと、笛田公園、源氏山や、台峰等を通過する内陸ルートに別れて西に向かっていくことが、確認されています。 ただ強い南風が吹く日に は、鎌倉のどの地点でもサシバが殆ど観察されないことが良くあります。こういった条件の日には三浦半島では全くサシバは飛ばないのでしょうか?私はそんな ことはないだろうと漠然と思ってはいるのですが、それを裏付けるようなデータを全く持ち合わせていませんので、論議できる状況ではありません。ただこれも 私にとって非常に興味のあるテーマの一つです。今のところキーワードは鷹取山しかありません。追浜の近くにあるこの山の名前の由来をたどっていけば、なに かに行き着くかもしれません。でもそのようなまわりくどいことをしなくても、南風の強い日、鷹取山に行って観察してみるのが一番かもしれませんね。 鎌倉上空を通過したサシ バの相当部分は矢倉岳に向かい、十里木から富士宮を経由して伊良湖岬の方向に向かって行くことが、西湘のメンバー等の観察によって確認されているそうで す。 私は昔パソコン通信 で、南箱根ダイヤランドでタカ柱を見たという情報をなんどか見た記憶があります。私が抱いているもう一つの疑問点は、鎌倉を通過するサシバのうち箱根越え するサシバがどの程度あるのかということです。矢倉岳で実際観察していると、湘南方面からやって来るサシバと丹沢の方向からやってくるサシバがこの地点で 合流する状況が克明に観察できます。この光景は実にすばらしいものです。鎌倉を通過するサシバの相当部分が矢倉岳に向かっていることは、確かでしょう。で も熱海と三島の間にある南箱根ダイアランドでサシバの大群が見られるのですから、箱根を越えていくサシバもかなりあるのではないだろうかと思っています。 それを確認する目的で箱根の大観山や十国峠に何度と無くく通いました。これらの場所にはバイクで西湘バイパスから箱根ターンパイクに入ると驚くほど早く行 く事ができます。ただサシバを観察するのにもっとも適した場所なのかはわかりません。両地点とも矢倉岳をサシバが飛んだ日には必ずといっていいほど、サシ バを観察することができました。但しその数は多くて矢倉岳の十分の一程度に過ぎませんでした。但し箱根といってもかなり幅があるので、この場所で箱根越え のサシバを全てカバーしているとは到底思えません。 結論的には鎌倉を通過したサシバの相当部分が矢倉岳に向かうことは、間違いがないと思われますが、 一部は明らかに箱根を越えて飛んで行きます。その比率が9対1なのか7対3なのかは分かりませんし、またなぜここで別れるのかも想定できません。
こうした疑問点を解明す るには、無線機をつかって人海戦術で調査をするのが有効だと思います。個人的に動いても大した成果は得られません。でもなんともいえない満足感だけは、え られるものです。会社を辞めたら思う存分、これらの疑問点のいくらかでも解明できるよう行動してみたいと思っていたのですが、思うように体が動かず、専ら 机上の空論になってしまいました。 今年のサシバシーズンも そろそろ終わりかと言う頃に、稲村ガ崎に行ってみたら、珍しく若い人がプロミナーでサシバを追っていました。話をきくと高校2年生で、野鳥の会には入って いるが、例会には出た事が無く、殆ど個人的に活動しているとのことで、大学に行って鳥を専門に学ぶのが希望とのことでした。奇しくも、私も高校2年の時に 野鳥の会に入っていたので、若い日の自分の姿がダブってくるようで、なんとも言えない親しみを感じました。(全く少年、老いやすいものです。) 単なる憶測ばかりで、と りとめのないサシバ論になりましたが、疑問点の解明は彼らの年代に託すしかないのでしょうか。でもそんなに待たなくとも、伊豆大島でのサシバ観察情報はど なたかから提供願えるような予感はしているのですが。ドクターストップでアルコールは駄目ですが三原山上空をサシバが飛んでいたら乾杯といきたい気分で す。 2003年12月 昨年の秋、伊豆大島で数 羽のサシバが観察されたとの情報を入手した。間接的に入手した情報で詳細がはっきりしない面があるが、南房総ー伊豆大島ー伊豆下田を結ぶ渡りのルートがあ ることが、ついに立証されたと喜び勇んで、日本野鳥の会の重鎮であるS氏に報告したところ、そのような記録は正式には、報告されていないが、伊豆大島でサ シバが繁殖している可能性があるという話は聞いているとのことであった。いいかえれば伊豆大島で観察されたサシバが明らかに渡りのサシバであるということ が、確認できなければ、伊豆大島と南房総をつなぐルートがあるとは断定できないとのことである。まさにその通りであって、仮説の立証は先送りとなってし まった。ところで今年から城ヶ島沖の海鳥を専門に観察するグループが、本格活動を初めている。それぞれの海鳥にも、サシバとはまた違ったロマンがあるのだ ろう。私は昔15年近く城ヶ島の周辺で釣りをしながら、サシバを探した経験があるが、ついにサシバは1羽も発見できなかった。片手間とはいえ、荒崎では同 じように釣りをしながら相当数のサシバを観察しているので、やはり城ヶ島の上空はサシバは飛ばないのだろう。しかしはるか沖合いであれば、南房総ー伊豆大 島ー伊豆下田ルートのサシバがもしかしたら発見できるのではないだろか?南風が急に強くなった日に、このグループから思わぬ報告が入ってくることを、私は 密かに期待している。 2005年3月 日本野鳥の会の神奈川支 部報「はばたき」の2005年9月号に「神奈川のタカの渡り」が特集されているが、この中で支部幹事の田丸義夫氏が、「私の調査では東京都大島元町港上空 も渡りのコースである」と書かれている。 調査の詳細は記載されていないが、神奈川県でのサシバ観察のパイオニア的存在である同氏が、伊豆大島にも渡りの コースがあることを、明白に確認されていることで、仮説の一端が立証されたと言えるのだろう。 2005年8月
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第三章 秋のサシバの渡りの時期について(サシバは8月に渡っている?) これまで秋のサシバの渡りの時期は9月中旬から10月上旬であるというのが通説であり、私もそれが固定観念になっていて、それより早い時期 にサシバが渡るなどとは考えたこともありませんでした。 ところが、今年は8月中旬にサシバの渡りらしい行動が見られたという情報が三浦半島の各地から寄せられまし た。初めはまさかと思っていたのですが、私も8月に湘南平で20羽近いサシバが明らかに渡りだと思われる飛び方をしているのを目撃し、大変びっくりしま した。サシバはその後も、ピーク時のような何百というレベルではないものの、20から30羽というレベルで条件の良い日には、継続して渡り続けているよう です。 これは空前の猛暑であった今年だけの特色なのでしょうか?それとも従前から一定のサシバ は8月 から渡っていたのに誰も気が付かなかったのでしょうか? この件についての白黒は数年後にはっきりするでしょうが、そんなことより重要なのは8月にもサシバが渡るという事実 が、はっきりしたことだと思います。はなからそんなことはありえないという前提で観察するのと、十分ありうるという前提で観察するのとでは、全く別な成果 になりうると思います。そういう意味では今年8月にサシバの渡り行動を最初に認識し情報ネットワークに流してくれた人には大感謝です。 だからといって問題がすべて解決した訳ではありません。むしろ新たな疑問点が増えたよう な気がします。色々と疑問点はありますが、当面私がもっとも知りたいことはいわゆる地付き(居付き、滞在型)のサシバはどこから来て、なぜ繁殖地以外の地 点に滞在するのか?ということです。 従来から鎌倉や逗子でも8月も半ばになると、サシバの姿を時々見かけるようになります。当時の探鳥会などで、これ らは地付きのサシバで、渡りの途中にこれらの地域に一時的に滞在するサシバであるとの説明を受け、過去20年程の間それほど気にもとめませんでした。三浦 半島でもサシバが繁殖した時期がありましたが、最近ではサシバ繁殖の情報は聞かなくなりました。いいかえればサシバが繁殖できるような環境がなくなったと いうことですが、繁殖地より条件的に劣ると思われる三浦半島にサシバはなぜ一定期間滞在するのでしょうか?これらのサシバは今年生まれた若鳥であるとの説 もあります。繁殖地は三浦半島より安全性は高いが、親鳥が生育するための餌を採取するだけで手一杯で、若鳥の成長を賄うだけの餌が足りないということは考 えられます。でも生まれたばかりの幼鳥が、学習もせずに親鳥より先行して越冬地への途中にある餌場に辿り着くということがありうるのでしょうか?仮に家族 で渡ってきているとすれば、繁殖地の方が生育条件が良いのに、鎌倉や逗子に逗留する理由が見当たりません。気が付かないだけで実は逗子や鎌倉でひそかに繁 殖しているということも考えにくいですね。 従来サシバは8月には渡らないという前提で考えていましたが、固定概念を捨てて考えるとそもそも地付き のサシバなどは存在しないのではないか?サシバは小規模ながら8月から渡りを始めており、地付きに見えたのは、単に天候調整で一時的に滞在するサシバ だったのではないのか?実際はこれらのサシバは入れ替わっているが、数が一定しているので地付きに見えたのではないか?という疑問がにわかに沸いてきま す。これが事実であると断言するだけの材料はありませんが、そう考えると謎の一端が解けるような気がしてきます。皆さんはどのようにお考えでしょうか? ところで8月に渡るサシバはどこまで行くので しょうか?サシバの越冬地についてはまだ解明されていない部分もあるようですが、北は沖縄、南はマレーシアあたりだといわれております。単純に考えれば越 冬地が遠いサシバほど早めにスタートする筈だということになりますが、実際はどうなのでしょうか? (2004年9月19日) |
第四 章 総論的に見たサシバの謎わが国におい て、サシバの研究がもっとも進んでいる機関はどこであろうか?環境庁か、OO 大学か、OO鳥類研究所なのか?ペリカン博士はいても、サシバ博士などという言葉はきいたことがないし、実のところサシバの生態というのは、まだ殆ど分 かっていないのが実情ではないのだろうか。 秋に渡って行 くサシバの数は一説には2万羽と言われているようだが、5万羽という説もあるようだ。 インターネッ ト上のサシバ情報を眺めながら、各地における2005年秋の観察記録を積み上げていくと、ラフな集計であるが74,000羽という数字がカウントされた。勿論これらの数字は、全国各地で集計されたものであり、同じサシバが2重、3重に加算さ れている可能性が濃厚であって、当然のことながら額面とおりに受け取る訳にはいかない。とすればどのように調整を加えて加減算すれば良いかが問題となる が、これが極めて難しい作業である。 まずサシバが どのようなルートで、どこからどこへ渡っているのかということが、かならずしも明確になっていないからである。 我々が その上、日本列島は複雑な地形をしており、どこか一箇所で輪切りにすれば、通過するサシ バをすべて把握できるという分けにも行かないように思われる。 したがって2万羽とか5万羽という概算数字しか出てこないのだろう。 ところで今年一番多くのサシバが観察された場所は 仮に20,000羽のサシバが渡っていると仮定した場合、これらのサシバはすべて日本国 内で繁殖したサシバなのであろうか? 中国の野鳥の本には、サシバは中国にも夏鳥として東南アジアから渡ってくることが、記載 されている。ロシアの野鳥の本はまだ入手できていないが、ある人から極北ツンドラ地帯でサシバが繁殖しているのを見たという話を聞いたことがある。極北に 居て、中国に居るのであれば、当然ロシアの極東地方にもサシバは渡っていると考えるべきではないだろうか?北海道ではサシバは繁殖していないというのが通 説だと思われるが、実際に津軽海峡をサシバが越えて行くのを見たという話を聞いたことがある。 一方サシバの越冬地は沖縄から、台湾、フィリッピン、タイ、マレーシヤ、インドネシア等 だと考えられているが、必ずしもはっきりとはしていないようである。すなわち何処で繁殖したサシバがどこで越冬するのか、繁殖地、越冬地はサシバの個体ご とにどのように区分けされているのだろうか?沖縄の先島地方ではサシバは留鳥だといわれているが、何故サシバには、渡り鳥と留鳥があるのだろうか?留鳥で あるサシバは常に同じ個体なのだろうか?それとも入れ替わっているのか?このような疑問点に的確に答えてくれるような研究書は私が知る限りでは、見当たら ないが、どこかに存在しているのだろうか? なおサシバの渡りを観察しているとき、数は少ないが、例年必ず観察することができるハチ クマというタカは、神奈川県で観察していると、サシバとほぼ同じルートを渡って行くように見えるが、このタカは九州の五島列島付近を経由して、ユーラシア 大陸に渡っていくとのことである。またハチクマは本州だけではなく、北海道でも繁殖をしているとのことである。 未完 (平成18年1月)
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