あわおきかいせん
阿波沖海戦
1868年1月28日(慶應4年1月4日)
1868年1月24日(慶應3年12月30日) 幕府艦隊が集結中の兵庫港に薩摩艦「春日丸」「平運丸」「翔鳳丸」が入港
1868年1月25日(慶應4年1月1日) 「平運丸」が出港
 幕府艦「開陽丸」「蟠龍」がこれを追跡し空砲を撃って停戦を命じるが、「平運丸」が応じなかったため実弾で砲撃
 「平運丸」は兵庫港に引き返す
「春日丸」の士官が幕府艦の「平運丸」追跡と砲撃に抗議するが、軍艦奉行兼開陽丸艦長・榎本武揚は幕府と薩摩藩は交戦状態であるとして拒絶
 1月27日(1月3日)払暁 薩摩艦3隻は兵庫を出港
 「開陽丸」がこれを追跡
 1月28日(1月4日) 阿波沖で幕府艦隊が薩摩艦隊に追いつき、「開陽丸」と「春日丸」が砲戦
 「春日丸」は「開陽丸」より高速であったが(各速力16ノット、12ノット)、このとき「春日丸」は「翔鳳丸」を曳航していたため高速が出せなかった
 「開陽丸」は「春日丸」の砲撃で被弾
 「春日丸」は砲撃を中止し、「平運丸」とともに追跡を振り切る
 「翔鳳丸」は由岐浦に擱座・自爆