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ボロディノかいせん ボロディノ会戦 1812年9月7日 The Battle of Borodino ロシア遠征中のナポレオン1世麾下のフランス軍とミハイル・クトゥーゾフ元帥の率いるロシア軍との戦い モスクワ西方のボロディノでフランス軍12万とロシア軍12万が対戦 フランス軍は右翼にヨゼフ・ポニアトフスキの第5軍(ポーランド人部隊)、中央にミシェル・ネイ、ルイ=ニコラ・ダヴー、アンドーシュ・ジュノ、ジョアシム・ミュラの4個軍団、左翼にウジェーヌ・ド=ボーアルネの2個軍団を配置 最初に右翼、次に左翼がロシア軍の拠点を占拠 中央軍もセメノフスカヤ高地を突破し、フランス軍の中央突破の体勢となる クトゥーゾフは予備兵力を投入し、防衛戦を強化 中央軍の司令官達はナポレオンに予備兵力・近衛軍団の投入を要請するが、ナポレオンはこれを拒否 ロシア軍はモスクワ方面に退却し、フランス軍が勝利 フランス軍は中央軍の兵力不足のため追撃ができず、ロシア軍を壊滅させることはできなかった 戦死傷者はフランス軍2万8千、ロシア軍5万2千 戦場は両軍の戦死傷者であふれ、ナポレオンは後にセント・ヘレナで、「余の生涯のうちで最も凄惨な戦いであった」と語っている フランス軍は進撃し、9月14日モスクワに入城する ボロジノ会戦 モスクワ河会戦 |