にっしんせんそう
日清戦争
1894(明治27)年8月1日〜1895(明治28)年4月17日
日本と清との間に行われた朝鮮支配をめぐる戦争
朝鮮半島で起こった東学党の乱(甲午農民戦争)鎮圧のために韓国政府の依頼で清が出兵したのに対し、日本も居留民保護などを名目に出兵
その後日本は朝鮮内政共同改革を清国に提議して拒否される
他方、イギリスとの条約改正に成功して同国の援助を期待し得る状態となる
1894(明治27)年7月23日 日本軍、漢城を制圧
 7月25日 豊島沖の海戦
同年8月1日宣戦布告
火力に勝る日本軍は9月に平壌、11月に遼東半島を占領し、北京・天津を脅かした
海軍も9月17日、黄海海戦に勝利して制海権を握り、翌1895(明治28)年1月の威海衛攻撃で北洋艦隊を全滅させた
1895(明治28)年下関・春帆楼での下関講和会議の結果、4月17日に講和条約(下関条約)を締結
日本は領土と賠償金を得る
「眠れる獅子」とおそれられた清帝国の弱体ぶりを世界中に示す結果となった