わんがんせんそう
湾岸戦争
1990(平成2)年8月2日〜1991(平成3)年4月6日
Gulf War
1990(平成2)年8月2日 イラク軍がクウェートに侵攻、占領
 8月〜11月 国連安全保障理事会は、経済制裁をはじめ、1991(平成3)年1月15日までにクウェートからの無条件撤退をもとめた一連の決議を下した
同時にアメリカ、サウジアラビア、イギリス、エジプト、シリア、フランス等で構成される多国籍軍50万人を編成
イラク包囲網「砂漠の盾作戦」(operation desert shield)を展開
クウェートからのイラク軍の撤退を求めた
 8月30日 日本政府、多国籍軍への10億ドルの資金協力を決定
 9月14日 日本政府、多国籍軍への10億ドルの追加資金協力と紛争周辺3か国への20億ドルの経済援助を決定
イラク政府はクウェートからの撤退に応じなかったため、多国籍軍は国連安全保障理事会の武力行使容認決議を得て「砂漠の嵐作戦」(operation desert storm)を発動
1991(平成3)年1月17日 多国籍軍はイラクに対する空爆、ミサイル攻撃を開始
 (CNNは空襲の様子を実況中継)
 1月24日 日本政府、多国籍軍への90億ドルの追加資金協力を決定
 1月27日 ノーマン・シュワルツコフ米中央軍司令官(陸軍大将)が「絶対航空優勢」を宣言
 1月29日 イラク軍地上部隊、カフジを奇襲
 1月30日 イラク軍、カフジから撤退
 2月24日 地上戦開始
 2月25日 ダーラン近郊の米軍兵舎にイラク軍スカッドミサイルが命中 戦死28、戦傷100以上
 2月26日 クウェート解放
  イラク軍は多数の捕虜を出しつつ、クウェートから敗走
 2月28日 多国籍軍の側から戦闘が停止された
 2月28日時点での多国籍軍側の損害は、死者149、行方不明37、負傷者513、捕虜46、航空機64機、車両84台
 3月3日 イラク代表が暫定休戦協定を受け入れる
 4月3日 国連安保理決議687号(SC Res. 687)採択
 4月6日 停戦合意
  イラク国民議会が国連安保理決議687号を受諾
 4月11日 停戦発効
イラクはクウェートへの賠償金の支払いに同意 化学及び生物兵器の備蓄場所を明らかにし、その差し押さえと大量破壊兵器の除去に同意
その後、経済制裁については、1995(平成7)年4月に国連安全保障理事会が石油禁輸を部分的に解除する決議をしたが、イラクは全面解除以外に受け入れられないと拒否
停戦決議のひとつになっていた核開発査察のための国際原子力機関(IAEA)チームの受け入れを拒否