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ほうじょう,あきとき 北條 顕時 1248(宝治2)年生 1301年5月7日(正安3年3月28日)没 鎌倉後期の武将 父、北條實時 金澤氏を称し、金澤顕時(金沢顕時)とも呼ぶ 通称、越路四郎時方 法名、慧日 1257年 元服 引付衆 1278年 評定衆 1280(弘安3)年 越後守 1281(弘安4)年 引付頭人 1285(弘安8)年 霜月騒動 騒動に連坐し下総に移される 上総国埴生荘にて出家・籠居 1293年 召還 清原教隆・僧大休正念について儒学・禅を学ぶ 父・實時の志を継ぎ書籍を蒐集・書写し金沢文庫を隆盛にする |