ほうじょう,まさこ
北條 政子
1157(保元2)年生
1225年8月16日(嘉禄元年7月11日)没
静岡県出身
源頼朝の室
父、北條時政
長女
源頼家源実朝の母
ニックネームは「尼将軍」
通称、二位尼
1175年 父の命により伊豆目代・平兼隆に嫁す
1177年 頼朝に嫁す
1186(文治2)年 頼朝と鶴岡八幡宮に詣でる
 夫妻の求めで静御前が工藤祐経の鼓と畠山重忠の銅拍子で舞いを演じ、源義経への慕情の歌をうたった
頼朝の死後、剃髪
父・北條時政、弟・北條義時とともに二子の後見となり、幕政に参画
1203(建仁3)年 比企の乱
 頼家の長男・一幡と外戚・比企能員を倒し、頼家を修善寺に幽閉
千幡(源実朝)を将軍に立て時政を執権とする
1204年(元久元年7月18日) 頼家暗殺
1205(元久2年)年 時政の後妻・牧ノ方が娘婿・平賀朝雅を将軍にしようとしたため、時政を隠退させて朝雅を討ち、義時や大江広元とともに実権を握る
1208年11月19日(承元2年10月10日) 熊野参詣
1218(建保6)年 実朝の後継者を求めて上洛
 3月2日(2月4日) 入京
 12月2日(11月13日) 従二位に叙せられる
1219年2月13日(建保7年1月27日) 実朝暗殺
京都から九条頼経(藤原頼経)を迎えて将軍とし、自ら後見人となる
1221(承久3)年 承久の乱
 御家人の動揺を抑え、乱を鎮圧
墓所、寿福寺(神奈川県鎌倉市扇ヶ谷)

平 政子