ほうじょう,ときゆき
北條 時行
生年不詳
1353年6月21日(正平8年・文和2年5月20日)没
鎌倉末期・南北朝時代の武将
父、北條高時
二男
幼名、勝長寿丸
通称、相模二郎(相模次郎)
中先代
鎌倉幕府滅亡後、信濃の諏訪頼重のもとに潜む
1335(建武2)年 中先代の乱
 西園寺公宗とはかって建武政権に叛す
 足利直義の軍を破って鎌倉を攻め陥したが、足利尊氏の反撃に敗れる
1337(延元2・建武4)年 吉野に遷幸した後醍醐天皇へ使者を派遣し尊氏・直義兄弟を討つことを誓い謝罪
北畠顕家に従い転戦
1338年 和泉石津で高師直と戦い敗れる
1338年 宗良親王に従って海路遠江に至り匹馬駅で今川範氏を破る
1340年 井伊谷城で高師泰に敗れ、東国に逃れる
1352年 新田義興に従い鎌倉で足利基氏を破る
 間もなく義興は敗れ、時行は相模に逃れて兵を挙げようと図ったが捕われる
1353年 竜ノ口で斬殺される