2013年6月前半 past top top

2013/06/04 Tue.  【自転車】第10回Mt.富士ヒルクライム

 今年も富士ヒルクライムに参加しました.今年で7回目の参加となります.
 天気予報が雨から曇り,また雨へとコロコロと変わり,この1週間ずっとやきもきしていましたがはたして.また,昨年1時間25分台と自己ベストを記録できましたが今年はどうか.

●6月1日(土)
大会前日・富士北麓公園より富士山  いつものとおり新横浜,八王子,大月経由で富士急行の富士山駅へ.空模様は全体的に曇り空でしたが雲は高い位置にあるようで,富士山は頂上までよく見えていました.
 15時頃にすっかり顔と名前を覚えられてしまった宿に到着,一息ついてから会場まで走って参加受付をしました.
 参加賞はホイールバッグ,これエントリーの時から一部参加予定者の間では不評だったようで,部屋の中で自転車保管してる身としては,まーあっても良いんじゃね?程度に思っていたのですが,いざ受け取ると……でけぇ.どうやって持って帰れと.いや,ホイールの大きさなんだから分かってたけど,結構厚手にしっかり作られてて,折りたたんでもあまりコンパクトにならない…….
 電車輪行してる者のことを考えてくれよってもしかして車参加が前提になりつつあるのかなー? それは自転車=エコって思想に思い切り逆行してないか? と思いつつ.コミケみたいに会場でゆうパックの受付してくれるとかあればなー.
 また今回,ゲストとしてイモトアヤコさんや森口博子さんが招かれているということで,イモトの方はちょうどトークショーが終わるところでして,「私も走りたい」 みたいことを最後に言ってたような,ってことは走らないんですか.キャラ的には一緒に走らないと存在意義が無いんでは? まぁ,なんでもいいですけれど.
ファミマにいたスヌーピー  森口博子さんの方は夕方にミニライブが予定されていましたが,早くに寝たかったので宿に戻りました.昔のテレビでよく見てて懐かしいだけで,知ってる歌があるってわけでも無いし.
 コンビニで特大のスヌーピーに激励されながら(ちなみに翌日はお疲れ様バージョンになってました)食料を買い込み,部屋でのんびりと飯にして,19時すぎには寝てたと思います.DQ7の寝オチ効果.

 土曜日の走行距離: 13.72km
(自宅〜新大阪駅+富士山駅〜宿〜北麓公園往復)


●2日(日)
 はい本番です.
 4時に起きる予定が2時すぎに一旦起きるという.4時まで2度寝,3度寝の微睡みタイム.気になる天気は…昨日より雲は多いけど雨は降りそうにない.よし.
 ここで去年と同様に1,2,3,4合目予定通過タイムのおさらいをしておきます.
  一合目: 5.6km → 21分
  二合目: 9.0km → 33.75分
  三合目: 12.8km → 48分
  四合目: 17.8km → 66.75分
 なので,「21,33,48,66」 と覚えておきます.できればこれをさらに1分ずつ切るくらいの気持ちで.
 5時半頃に会場到着,荷物を預けてスタート待機.曇天の中でちょっと寒い.冷えないように体さすったりその辺ウォーキングしたり.それで例のミクさんを第4スタートの中に発見しました.「今回は後方スタートじゃないのかー.あの人には到底追いつけないし,レース中追い抜かれるシーンは無しかー.残念」 と思っていました.
 スタートセレモニーが始まって,ウチらの第5スタートは7時半.そろりと走り出してしばし,途中の曲がり角でミクさんいた! しかも黄色いポンポン持ってチアリーダーやってたww ってことは後ろから追い抜かれるシーンはあるのか!? と思いましたが結局ゴールまで追い抜かれることはありませんでした.結局30分はそこで応援してらしたみたいで,それだけ差がついたらさすがに逃げ切ってしまいますね.

 さて,レース.自分との戦いの始まり.
 なるべく低速にならないように踏み込んで行きます.
 1合目,21分30秒(+30秒).う,去年と同じペース.まるで成長していない.しかも結構ペースあげてるつもりでこれ.
 2合目,34分(+1分).きっつー.上げてるつもりのペースが上がっていない.
 3合目,49分30秒(+1分半).じわじわ追い抜いていく人の後ろについて頑張ったつもりだけれども,このままではブロンズが怪しい.そして第2関門地点(17.2km)あたりから向かい風が吹いてきました.しかも結構強烈な.
 4合目,68分30秒(+2分半).いよいよブロンズ維持に赤信号.この後死に物狂いで(大げさ)で19〜20kmの山岳スプリット区間を抜けます(何とか17km/h近いペースで抜けた模様).奥庭自然公園前の急坂を抜け平坦区間へ.しかし向かい風で飛ばそうにも35km/hに乗せるのがやっと,しかもすぐに失速.まわりに飛ばそうって人いないし! 続けて加速する脚がもうありませんでした.この平坦区間は全7回の参加で一番遅かったかもしれません.しかしゴール手前の急坂だけはオールダンシングで何とか.
 結果,1時間29分10秒.ブロンズだけは何とか維持しましたが,去年より3分半ほど遅いちょっと残念な結果に.遠いなぁ.シルバー.

 5合目は快晴!
五合目にて  陽射しも当たって暑いくらい.どうせ早くに下りてもヒマなだけなのでのんびりと滞在しておりました.つかずっと脚がくがく震えてました.富士山メロンパンやこけももソフトで並んでいるときも少し辛かったです.並んだ甲斐あってとても美味しくいただきました.
 お土産物を買うなどして結局5合目には2時間以上滞在してしました.去年は5合目駐車場工事中でゴール即下山だったので,その分も満喫できたと思います.

富士山メロンパン こけももソフト

 走行中に多少眠気を感じましたが,無事に下山完了.
 いつもの吉田のうどんをいただいて,今回はうどんに加えてスイーツもありました(ゼッケンにうどん引換券とスイーツ引換券の2つがついていた).富士山のシフォンケーキ 「富士フォン」 だそうな.
 あとは表彰式開催中の会場をぶらぶらと.10周年記念大会ということでこれまでの歴史を写真で振り返るブースがありました.私が初めて出場したのが第4回で,そのとき女性で優勝された方がかなり印象に残っています.しかし,展示されていた写真パネルには……,その後病に伏せられ亡くなったとの旨が…….享年29.あー.全くの赤の他人ではありますが,驚き,居た堪れない気持ちになったレース後でした.そして人生何が起こるか分からないことを改めて感じました.

 日曜日の走行距離: 58.77km
(宿〜北麓公園〜五合目往復)


●3日(月)
 帰阪です.
 まっすぐ来た時と同じルートで帰るだけならば2泊もする必要はありません.今年もどこかへ寄り道します.どこに行こうか直前までノープランでした.ちなみに今まで行った場所はこんな感じ.
  初参加時: 友人と三島駅からレンタカー(どこにも行ってない)
  2回目&3回目: 山中湖から峠を越えて御殿場駅へ
  4回目&5回目: 本栖湖から朝霧高原を抜けて新富士駅へ
  6回目: 山梨市のほったらかし温泉へ
 ということで,山中湖方面へ最近行ってないなーってことと,周辺の地図を眺めて箱根はそれほど遠くないなー(峠は越えなアカンけど)ってことで,箱根へ行くことにしました.

 朝4時に起きて5時半頃に出発,久しぶりに籠坂峠を越えて御殿場方面へ.途中陸自の門の前を通るのですが,ちょうど出勤時間帯だったらしく迷彩服を着た方々をたくさん見ました.すれ違う原チャが全部迷彩服と一種独特な光景でした.でもこの地域では当たり前の風景なんだろーなーと.
 御殿場の市街地を抜け,乙女峠のトンネルを(一応ストリートビューで自転車進入禁止の標識が無いことを確認していた)抜けて箱根へ.
常磐駅前  箱根は4〜5年前冬コミのときについでに来て以来となります.朝8時を過ぎたばかりだったので観光客がほとんどいねぇw 強羅駅に到着した登山鉄道も女学生ばかり.
 そして彫刻の森の駅へ.知る人ぞ知る常磐駅前でございます.これがメインでしたw

 あとは箱根駅伝関係で小涌谷の踏切やゴール地点に行き,国道1号を三島まで下りて,新幹線で帰ってきました.しっかし駅伝はあの坂を駆け上がるんか…….

 月曜日の走行距離: 88.73km
(宿〜籠坂峠〜乙女峠〜箱根〜芦ノ湖〜三島+新大阪駅〜自宅)

2013/06/07 Fri.  体脂肪率

 twitterでは,その日の自転車走行距離とともに体重を呟いています.

 実は体重と同時に体脂肪率も計測されております.タニタさんの体重計に乗るだけで一緒に測れるタイプです.
 体脂肪率も一緒に呟いても良いのですが,日々の変動が非常に大きくて(2〜3%は平気で変わる),その日その日の数値にあんま意味無いかなーと思って呟いておりません.グラフ化して最小二乗曲線でも描けばある程度傾向が見えてくるかとは思いますが,そこまでするのは非常に面倒.
 それと,計測のタイミングが帰宅直後の風呂上がりですので,例えば足の裏をちゃんと拭いているかどうかってことも影響しているかと思います.あんまり重要視してないのでいつも適当です.

 そして最近,意図的に計測結果を弄れるということに気がつきました.
 例えばこんな感じ.
・全身の力を抜いた自然な状態で計測すると,12%
・やや中腰になって脚に力を入れて計測すると,9%

 そりゃ電気抵抗を計測してるったってなぁ.


 ダイエット競争などしてる方は,覚えておけば一発逆転を狙えるかも!?(ぇ

2013/06/11 Tue.  訃報

 以前の部署で隣に座ってたおっちゃんが亡くなったそうです.60ちょっと.まだ現役.

 一見強面で近寄り難いんだけれども,親父の田舎と同郷ってことがきっかけで随分良くしてくださいました.海外飛ばされることが決まって凹んでるときに励ましてくださいましたし(そういやドル紙幣で餞別もいただいた),部署が変わっても,現場の工場内で出会ったときは,「おぉトラ君ー!」と用が無くても声をかけてくださいました.

 このおっちゃんが仲良くしてくださることで,多分,気付かないところで色々と仕事がやりやすくなっていたのだと思います.下請けの協力会社の担当者さんとも話がしやすかったし.

 ショックだ……….

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