「奴のうわさ」  











深夜食堂主人談
(代筆 安倍夜郎)

 ツネさんかい。あっ知ってるよ。北千住の肉屋の倅(せがれ)だろ。深夜食堂(うち)に来ると「オレは肉屋の倅だからコロッケにゃ、チトうるさいゼ」なんて言いながらウーロンハイ飲んでるよ。
 ガキの頃はオートバイ乗り回して交通鑑別所に何日か世話になったらしいな。高校出る時、地元の和菓子屋で見習い職人募集してて、研修でフランスに行けるってどっかから聞きつけて、母ちゃん同伴で面接に行ったら日頃の行状が行状だからあっさり断られて、それで仕方無く大学に進学したんだってサ。
 卒業後、どういう訳か絵本の会社に勤めてケンカかなんかで辞めて喫茶店を始める。その頃からバンド組んで歌ってたらしい。「イカ天」に出てセメントミキサーズでちょっとだけ売れた。その頃、あの高田渡さんと吉祥寺歩いてたら、渡さん差し置いてツネさんがサイン求められたって言ってたな。
 独り者じゃないよ。ちゃーんと奥さんに息子さんが三人、立派に育ってるよ。まぁ、奥さんが偉いんだと思うけどね。この前、店にツネさんがトロンボーン吹いてる青年を連れて来た。青年は音楽だけじゃ食えないから、週に六日、深夜、銭湯の掃除をするバイトをやってるって言った。そしたらツネさんが、「バカヤロー、おめえミュージシャンだろ!ミュージシャンが週六日もバイトすんじゃねぇ。オレだって十年近く牛乳配達やってたけど、月水金しかやんなかったゼ」って説教してた。週六日と週三日。その微妙なところは理解できないけど、ツネさんが言うんだから大事なことなんだろう。青年が帰ったあと、ツネさんが言った。「あいつホント馬鹿でさぁー」
 ツネさんが人を褒めるとき、‘ホント馬鹿’ってのが最高の褒め言葉なんだ。
 その日、ツネさんが「今度作ったんだ」って一枚のCDを置いてった。オレは音楽のことはよくわからないけど、ツネさんの歌はいいと思ってる。ブッキラボーだけどちょっとあったかくってサ。それからツネさんのアコーディオンが好きなんだ。身もフタもないような歌だけど、なんかうす明るくって、前奏を聴いてるとウキウキしてくるからサ。
 きのう久しぶりにツネさんが来たんで「『ぜいご』は、荒野を吹き荒ぶ風のようだったけど、今度のはちょっとマイルドになったね」って言ったら、「そうかもしれないな。この頃思うんだ。人の生死は孤独で不安なものだけど、それはそれで幸福なんじゃねぇかって。そう思うとなんか楽になってサ」「ふーん・・・・、ところでこのアルバムの『望郷』ってのはどうしてだい?」「北千住のこと思いながら作ったからサ」ツネさんが今住んでる所沢から北千住まで電車に乗りゃ一時間くらいで着いちまうんだが・・・・、「所沢から北千住思って‘望郷’かい」「うるせぇなぁ、望郷は望郷だ!」そう言うとツネさん、コロッケをガブッとかじってウーロンハイを飲み干したんだ。